陰陽師 第五巻

 

 

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「博雅朝臣 宣耀殿の御遊にて 背より玄象の離れなくなること」

(ひろまさのあそん せんようでんのおんあそびにて

せよりげんじょうのはなれなくなること)

 

自分の意志をしっかり持ち、表現する琵琶、玄象のお話。

 

クスリと笑ってしまうエピソードです。

 

世の中にある不思議な話の内の一部は、ユーモアと共に解釈できれば、

楽しいものなのかもと思わせてくれます。

 

モノにも、人にも愛される、博雅のようになりたい。

 

「露と答へて」

 

平安時代の貴族の恋は、

お供の人が運ぶ和歌が大切な役目をします。

 

男性も女性も、和歌を通して、恋の駆け引きをします。

 

源博雅のいとこの姫からの依頼で、その屋敷に向かう晴明と博雅。

 

途中で牛車がみぞに落ちます。

 

それを見て、「面白い。」という晴明。

 

引き上げた牛車は、今度は、藤原兼通と藤原兼家の家人同士の小ぜりあいに巻き込まれます。

 

それを聞いた晴明は、ふたたび「面白いな。」と言います。

 

なかなか目的の場所に着かないことを指して、

「おれたちが行く必要がないか

 おれたちに行かれてはまずいのか

 どちらかということさ。」

と言います。

 

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こんなことは、私たちの日常生活にも、よくあります。

相反する二つの思いが同時にあると、

それらが、異なる事象を引き起こすという形で。

 

それに気づいて、解釈するかしないか、だけの違いで。

 

晴明と、播磨の法師智徳

藤原兼通と、藤原兼家

 

今後深く関わり合う人物たちが話を進行していきます。

 

ひとこと、ひとこと、発する言葉が、みな重いです。

 

全部、未来の自分に還ってきます。

 

晴明なら、12巻と13巻で。

智徳も、12巻で。

 

自分の発言は、自分に対する呪文で、決意表明。

それは、魂の記録に記入され、根源に到達するもの。

 

根源からの答えは、数秒後、数時間後、1年後、数十年後に

本人がわかる形で還ってきます。

 

ひとりひとり皆に、そういう機会、プロセスが用意されています。

 

そのことを実感すると、驚愕して、次にワクワクします。

 

自分次第で、未来は変えられるのだから。

 

 

 

~この巻の極意集~

 

行者というのはだな・・・

その人そのものの 人間・・・いや 魂の形成の段階で 足りないものがあるから

行や苦行をするのだ

 

まだ完成しとらんのだ

 

だから行者の奇行を伝える 話には耳を貸すな 黙って苦行をさせておくのだ

 

それが未完の者どうしお互いの心遣いというものだ

 

行をするしない 呪を知る知らないに 基本的差はない 

それぞれやるべきことをやっているだけだ

 

 

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梵語とかで書かれている内容もたくさん。

わからないまま、読み進めます。

 

 


陰陽師 5 (ジェッツコミックス)